【可惜身命(あらたしんみょう)】
明治5年(1872年)に「改暦の詔書」が出されて、地球が太陽のまわりを一周する時間の長さを一年と定めたのが現在の太陽暦です。
これに対して、それまでの長い間、日本人に親しまれてきた暦を「旧い暦」と書いて「旧暦」と申しますが、これは月が新月から次の新月に至るまでの間を一カ月とする太陰暦を組み合わせた太陽太陰暦のことで、昔から日本人の暮らしに馴染んで来た暦と申せましょう。
大英帝国の名の下に、かつては世界を睥睨して来たイギリスでは、昔から天気を指して、「一日のうちに四季がある」と言われ、夏は涼しく冬は温暖で四季の変化は小さいのですが、これを一日単位でみてみると、雨、風、晴と目まぐるしく天候が変わるわけで、それにつれて気温も大きく上下するのが常だというのです。
これに対して私たちの日本は四季それぞれの風情に恵まれ、一歩都会の喧噪を離れますと、季節の移ろいを表す古来のことばが多彩で、四季折々の情緒にひたることが出来るのです。
私が子供のころには、1月1日を大正月、15日を小正月と言い、旧暦ではちょうど満月を迎えますから小豆粥をよばれたりして、新年に二度のお正月を祝っていたのです。
平安時代の宮中では、小正月にコメ、あずき、アワ、ゴマ、キビ、ヒエ、ムツオレグサの七種(ななくさ)粥を食べたそうで、松の内を忙しく立ち働いた女性たちがやっと一息つけるころだから、女正月ともよばれていたのです。
なお、公家や武家の子がはじめて大人の衣服を身につけ、冠をかぶった元服と言う成人式が行われたのもこの小正月で、かつて成人の日と定められていたこの15日も、時の流れの赴くまま、今年は14日(月)だったようです。
成人の日と言えば、体や命を大切にする「可惜身命(あらたしんみょう)」という言葉を連想します。そして当然のことながら、去年、相撲協会と決別した平成の大横綱・貴乃花が横綱になるときの口上として有名になった「不惜身命(ふしゃくしんみょう、身命を惜しまず)」が思い出されます。
太平洋戦争の末期、若き特攻隊員がきりりと締めた日の丸の鉢巻に、この不惜身命の四文字があったことを憶えておられる方もいらっしゃいますでしょうが、私は成人の日にはこの四字よりも、命を惜しむべきものとする「可惜身命(あらたしんみょう)」のほうが遥かにふさわしいと思うのです。
(2024年1月)